読書感想文「雪男は向こうからやって来た」角幡唯介


49円で買ったトイレ文庫の「雪男は向こうからやって来た」がようやくフィナーレを迎えました。
その間、何度脱糞したことか?w
毎朝、ヒマラヤの山奥にこもって夢の続きを見ていたのですが、投資コストに対する以上の発見もあったということで良かったんじゃないかと思います。まっ49円ですが・・・


小学校から国語というものを習い始めて高校まで約12年も勉強したことになっていますが、いかほどの効果があったのか?チープな脳ミソには印象が薄いわけです。

国語の授業というものは大体は教科書に書かれた文書を読み解き、ストーリーや筆者の気持ち、登場人物の感情などを推理し理解しようというものだった気がしますが、マルチメディアの現代において、如何にも懐古的で古典的なアプローチに思えてなりません。

また感情なんて一時のものであって、後に冷静になって考えてみるとそうでもなかった、なんてことも多々ありますが、そんな気まぐれな感情をチープな象形文字に変換したものを、後に他人が限られた貴重な人生の時間を費やしてあーだこーだと議論することが本当に有意義な行為なのか?甚だ疑問にも思うわけです。

特に今時のオコチャマはラインで何でも済ましてしまう傾向にあるようですが、あのスタンプという絵文字?と象形文字の漢字が微妙に一致する文化なのか?それともそこまで深読みすることもなく、このブログ同様適当に散文を並べた程度のどーでもいい内容なのか?そういうレベル感もあるんじゃないか?と思うわけです。

そんな根本的な疑問を持ちつつも、昭和時代に日本国の国語教育を受けたものとして、あの夏休みの読書感想文ほど苦になったものはありませんでした。元々小説なんて前記程度の重みしか感じていませんので、私的には他人の散文などどーでもいいのです。
それなのにその散文に対して何か思うことを書けというのです。自ずとストーリーを追っかけただけの月並みの感想文で、結果は予想内の評価なわけです。

まっそういうこで、こっちの世界で生活している方からすると見方は違うのでしょうが、大きく外から見ているものとしてはかなり滑稽に見えることだけは最初にことわっておきます。そういう前置きで久々に読書感想文を書いてみたいと思います。

当然、読書感想文というものはネタバレの暴露本と同じなので、真っ新でこの本を読みたい方は回れ右してこのブログをクローズしてください。どうせ大した内容ではありません。


--- ノーリターンポイント ---


この本を読むまで登山には何の興味もありませんでしたし、むしろ高山に登山をしたがる人は私の中では異端として意識の外に切り捨ててきたので何の知識もありませんが、田部井淳子という女性初のエベレスト登頂の登山家がいて、彼女も雪男らしきものと遭遇していたことを知りました。

おりしも「エヴェレスト 神々の山嶺」が話題になっているようです。

「エヴェレスト 神々の山嶺」予告編
https://youtu.be/0PUVHqpAAig


ちなみにこの本の著者である角幡唯介はエベレストには登らないと吐き捨てています。
確かに観光地化しすぎたエベレストは、もはやヨーロッパ観光ツアー並みにお手軽なものになってしまい探検家としてのビジネスチャンスは何も残されていないのは当然でしょう。タレントのイモトが登ろうとするぐらいですから・・・

もちろん私は全く何の価値観も持ち合わせていません。
たとえ8000mであっても、それは食パンの端の焦げ目に到達したカビのようなものだと思っています。グーグルアース先生の教えから、人間など食パンのカビにも劣る存在だと理解しているためです。また元々人間はそんな高所で生活するように作られていませんし、今後もその方向にDNAが進化することもあり得ませんので、生物的に無駄なアプローチだということは明白かと思っています。地べたを這いつくばって生活する姿こそが実に人間らしいのです。


この本では数々の雪男の目撃談や足跡の話が紹介されていますが、メインストリームは鈴木紀夫のエピソードに沿って展開されていたかと思います。

鈴木紀夫といえば、あのルバング島から帰還した小野田さんと密接な関わりがあります。
妙なところで私の人生とリンクしました。

以前にもブログに書いたように、小野田さんは私の地元出身者で実家も極ご近所にありました。
宇賀部神社の近くに友人宅があったため、毎日のようにチャリンコで遊びに行っていたところです。

そこにある日ヘリコプターが飛んできたのです。
正直、私的には帰還した小野田さんより田んぼに飛来したテレビ局や新聞社の取材ヘリコプターのほうに興味がありました。とにかくデカくて物凄い音と風が印象に残っています。
その時の衝動が趣味のラジコンヘリに繋がっていることは間違いありません。w

当時、全国的に有名になった小野田さんは地元のヒーローでした。
中学の時、小野田さんから直接、ルバング島でのサバイバル術の講義を受けたことがあります。
男の子的にはその野性的なサバイバル術の話は大変興味深いものでした。
後に図書館で小野田さんが書いたサバイバル本を長らく借りていことがあります。
結局何一つ実践することはありませんでしたが、現在のサラリーマン的なサバイバル生活のベースの肥やしになっているかもしれません。

その小野田さんを発見し日本に連れて帰ってきたのが鈴木青年です。
ある意味ラッキーなこの出来事がその後の彼の人生を大きく変えてしまったことは間違いありません。

全然知りませんでしたが、鈴木青年はその後、雪男にハマったようです。
日本の雪男ブームを起こしたのも根本は鈴木青年だったかもしれません。

冒険家や探検家というものはおそらく自らその道に好んで進んだわけでなく、多分に周りの流れに流された結果じゃないかと思います。もっと厳しい言い方をすれば「追い込まれた」的な選択肢の中でもがいた結果じゃないかとも思いました。
もちろんどんな人生もその傾向はありますが、冒険家という特殊な異端児はその選択肢が極限られている傾向にあるようです。

本の最後にも書かれていますが「雪男は向こうからやって来た」というタイトルの通り「向こうからやって来た」という受動的な表現が全てを表しているように思います。著者の言いたかったことはおそらくそこじゃないかと思います。
もちろん著者も好んで雪男の道に進んだわけではなかったようです。

鈴木さんは雪男の捜索中、最後は雪崩で亡くなられていますが、おそらくその雪崩を避けきれなかった何かのプレッシャーがあったのでしょう。

雪男伝説は今なお途絶えることなく、日々ウソっぽい話が流布され続けていますが、雪男というのは1つの象徴であって、それが存在するかしないかは別にして、人はそのような目に見えないものに突き動かされ日々生活しているんじゃないかと思います。
もし不運にも雪男に出会ってしまったら最後、その衝動はその後の人生に大きく影響することは間違いありません。
まっ私が以前見たUFOやUMAやヘリコプターと同じですね。w

残念ながら、全体的にほぼ取材記事のような印象が残っています。
現地での出来事的には何事も起こらない山々をただ単調に眺めているだけですから無理もありません。つまり冒険ストーリー的にはワクワクすることはほとんとなく、事前・事後の取材資料の整理本的な感じです。そんなことで、所々無理やり長めに文章を引き延ばして書いていると思われ個所や、何度も同じエピソードが登場するなどもう少しコンパクトにまとめられたんじゃないかとも思います。

アマゾンのアフィリエイトもやっているんですが、売上レポートを確認すると前回の私のブログを読んで購入したと思われる本書が販売実績に上がっていました。その販売額に愕然としました。なんと9円です。もちろん私へのキックバックは0円でした。角幡がんばれ!


そんなことで、今度は「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」にトイレで挑んでいます。こちらは102円です。投資コスト的に心して解読に取り組みたいと思っています。
またその内に読書感想文を提出します。

トイレ文庫、角幡唯介がオススメ!
http://ttripper.blogspot.jp/2016/01/blog-post_23.html

読書感想文『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』角幡唯介