facebookの「温度」


facebookの「一般アカウント設定」の中に「温度」の項目があるが、摂氏か華氏を選択させて何か意味があるのか?なぜfacebookはそこまで温度にこだわりを持っているか不思議だ。

それにしてもfacebookはジジ・ババばかり活性化して若者はLINEやTwitterに走ってちっとも寄り付かない。これだけ若者に総スカンをされて受け入れられないのには、どこかに根本的な構造的欠陥があるのだろう。それを克服しない限りfacebookに未来はない。

facebookで一番気持ち悪い機能は、facebook最大の機能的貢献をしている「いいね」ボタンだ。友人やフローしている人の投稿にうっかり「いいね」を押すと、その情報が全ての友人に筒抜けになる。

どんな人と付き合っていて、何に関心があって、イデオロギーや政治的思想はどうで、食の好みまで全て筒抜けになる。中には表面と内面の違いを露呈している人も見かけるが、この不気味な密告システムは簡単には停止できないように年々設定方法を変更して巧妙に隠す仕様となっているで注意が必要だ。

facebookとしてはどうしても「いいね」機能を守りたいようで、意図的にプライバシー設定を複雑化している。自分の意志でシェアをするならまだしも、うっかり「いいね」を押すのは考えものだ。

このボタン、元々は「Like」である。それを「いいね」と訳したところにも無理がある。英語の意味は幅広く「いいね」だけじゃないのだ。

facebookでは実名を使っている人も多いので、その評価が私生活と直結する可能性もある。
若者に受け入れられない根本的原因はそんなところにあるのかもしれない。

最近、Facebookで「Dislike」ボタンの検討が進んでいるようだ。
ネットではよく「ディスる」という言葉を見かけるようになったが、色々な意味があるようだがよい意味ではない。

Yotubeには以前から「高く評価」と「低く評価」のボタンがあった。
これのマネであるが「Yes/No」をハッキリ自己主張したいということだろう。

しかし「Dislike」を日本語に訳するのはさらに難しい。
たとえば「いいね」に対して「ひどいね」なんて訳すると大変だ。下手をするとFacebookが転覆しかねない大ばくちの機能になるかもしれない。意味を取り違えて使えば、たちまち友人関係は壊れ、Facebookのコミュニティが破壊される可能性もある。

それでなくて今時の若者は自己意志を表現するのを極端に嫌うが、「Dislike」ボタンの登場でますます若者離れが進むのは必至だろう。若者層を獲得するのには「Yes/No」の明確な意思表現ではなく、LINEスタンプのような曖昧でゆるい表現が必要だろう。

このままFacebookに老人だけが取り残されれば、やがてネット内の介護問題も勃発するかもしれない。認知症によるボケが進行して「いいね」や「ひどいね」の区別がつかなくなり、人生の終末に友人と修羅場となる可能性もある。

実際、Facebookの「セキュリティ設定」の中には「追悼アカウント管理人」を設定できるようになっている。これは自分が死んだ後、自分のアカウントの管理を誰に任すのかという設定ができる。他人のアカウントを相続する意味やメリットがどこにあるのか研究が必要だが、アホくさい気もする。

所詮、SNSなんて何も生まないし何の益もない、ゲーム同様、単なる人生の無駄遣いであって、そのログはゲームの途中保存データや最高スコアのデータと同様である。

肉体労働を嫌い、デスクワークで食べる方法を考え出しておきながら、休日にはジムやスポーツで無駄に肉体労働をしたがるアホな現代病と同じく、現実社会では直接の接触やコミュニケーションを嫌うが、ネットなら話せるみたいな、これも格差社会の成れの果てなのかもしれない。

世界は広い、アフリカの砂漠の真ん中で暮らしている人もいれば、ジャングルの木の上で原始的な生活を楽しでいる人だって沢山いる。ネットは世界中には繋がっていないのだ。
所詮Facebookなんてその程度のものだ。

こんな記事を書いても、今なら「Dislike」ボタンでディスられないので安心だ。