人生ポイント制度のすすめ


今や経済主義にどっぷりと浸かってしまった日本人は、
ものの善悪も経済性で測るようになってしまいました。

お金が全ての世界では、モラルや人権、人命さえも軽視されます。
止まることのない食品偽装や情報の改ざん、不道徳行為の連鎖はオコチャマ・レベル以下です。

コンプライアンスというよな言葉だけがもてはやされていますが、
何一つ改善される兆しが見えてこない気がします。

最近では小学生の道徳学習からやり直そうとしているうよですが、
それも根底に経済主義があるのなら、何をやっても不毛だと思います。


問題は人生の尺度に経済主義しか持たないところです。
もし、お金意以外の人生尺度があればどうなるか?
ということを提案してみたいと思います。


コンビニやスーパー、電気屋や飛行機マイルでやってるポイント制度とは違います。
人生でどれだけ徳を積んだかのポイント制度です。

もちろんそのポイントは使うことも出来ますが、
ポイント付与する基準と使用方法が経済主義の世界とは異なります。

例えば、おじいちゃんやおばあちゃんの重い荷物を持ってあげるとか、
電車で高齢者や妊婦に席を譲るとか、ちょっとした親切行為で相手が感謝すれば、
個人から個人にポイントを付与できる仕組みを作ります。

もし手元にポイントを持っていないくても一定のポイントは付与できる仕組みも必要です。
もちろん不正や改ざんが不可能な仕組みも作る必要があります。

元になるポイントの原資は、街の清掃活動などの公共的な活動に参加するとか、
様々なボランティア活動に参加するとこで付与されます。

最終的に人生ポイントをどれだけ持っているかによってその人の価値が決まります。
経済主義でいう「お金持ち」の価値観が「ポイント持ち」に置き換わるわけです。

結果として、人間的評価は「ポイント持ち」のほうが高くなります。
逆に「お金持ち」の人間的評価は低くなるかもしれません。


本来、この様なポイント制度は社会の仕組みとして自然と組み込まれていたものです。
しかし、今の世の中ではこれくらいオコチャマな方法で再教育しないと分からない人が増え過ぎていると思います。
人生ポイント制度とは「人の道としての再教育プログラム」となるかもしれません。

何事も数字でしか判断できない人を作り過ぎたかもしれませんね。
算数や数学の教育を間違ったのかな?・・・

まっ、経済的には豊かになったのかも知れませんが、
住み辛い世の中になりつつあります。